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最高裁判所第二小法廷 昭和63年(行ツ)106号 判決 1991年10月25日

新潟県南魚沼郡六日町大字六日町二一一六番地

上告人

岡村秀太郎

右訴訟代理人弁護士

澁川達夫

新潟県小千谷市東大通

被上告人

小千谷税務署長 佐藤一男

右指定代理人

下田隆夫

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行コ)第四五号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年三月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人荒井尚男、同澁川達夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものか、又は、原審において主張、判断を経ていない事項につき原判決の違法をいうものにすぎず、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 木崎良平 裁判官 大西勝也)

(昭和六三年(行ツ)第一〇六号 上告人 岡村秀太郎)

上告代理人荒井尚男、同澁川達夫の上告理由

第一点 (推計課税)

一 原判決は、「乙第一ないし乙第七号証の」手形記入帳、乙第一〇号証の一ないし四九(大和建材の昭和四八年ないし昭和五一年の間の出入金伝票)、同第一一号証の一・二(大和建材の昭和四九年七月一日から昭和五〇年六月三〇日までの借入金台帳)、同第一二号証の一ないし三(大和建材の昭和五〇年七月から昭和五一年六月までの借入金台帳)の借入日、借入金額、支払日の各記載は、原告の大和建材に対する手形割引の方法による貸付の事実関係を示す資料として信用できるものであり、これを基にして原告が大和建材から取得した受取利子割引料を推計する方法には合理性があると認められる。」と判示した(原判決の引用した一審判決三四丁)。

しかし、右認定の判断過程には、著しい経験則違反及び採証法則違反、ひいては所得税法一五六条の解釈適用の誤りの違法がある。

二 所得税法一五六条は、税務署長が各種所得の金額を推計して更正することを認めている。しかし、推計の方法は最もよく実際の所得に近似した数値を算出し得る合理的なものでなければならない。推計が合理的であるためには、推計の基礎事実が正確に認定されることが必要である。けだし、推計には実際の所得との間に乖離が生じることが不可避であるが、認定された基礎事実が不正確な場合には、その乖離が拡大されて、課税の公平が害されるからである。

ところで、本件貸金業の事業所得の推計の基礎事実は、貸付日(手形割引日)、返済日(手形期日)、貸付金額(手形金額)、貸付利率等である。

しかし、原判決における上告人が大和建材から取得した受取利子割引料を推計するための基礎事実の認定過程には、次のように著しい経験則違反及び採証法則違反があり、到底基礎事実を正確に認定したものとは認められない。

(1) 原判決が基礎事実認定に採用した証拠のうち、前記出入金伝票及び借入金台帳は、大和建材の正規の帳簿であるから、その記載内容は信用できるはずである。そして、出入金伝票の記載では、借入先は上告人ではなくて米山寿太郎に、借入利息は日歩五銭程度で計算された金額になっている。また、借入金台帳の記載では、乙第一二号証の三以外では、貸主はやはり上告人ではなくては米山寿太郎になっている。ところが、原判決は、これらの記載内容について、「同年(昭和四八年)頃から昭和五一年頃までの間、大和建材の帳簿や伝票上の処理において貸付人の表示上原告名を出さずに米山自身の名前を使用したり、利息の額についても米山が銀行利息に多少の手数料を上乗せした利率として適当な利率と考えた日歩五銭の割合により計算した利息の額を記入し」たものと認定し(原判決の引用した一審判決三二丁)、出入金伝票や借入金台帳記載内容たる借入先米山寿太郎、借入利息日歩五銭で計算された額を証拠として取り調べられた出入金伝票及び借入金台帳は、大和建材の昭和四七年から昭和五二年までの間の全出入金伝票及び借入金伝票ではないので、原判決が認定した借入取引全件について網羅的に記載したものではなく、その一部を示しているに過ぎない。さらに、別表K-Ⅱの三記載の貸付は、「手形記入帳」にも記載がないので、借入先は上告人、借入利率に日歩一〇銭等と記載された書証は全くないのである。

なお、原判決は別表K-Ⅱの三の借入利率を一律に日歩一〇銭と認定しているが、別表K-Ⅱの二の借入利率がいろいろであることからすれば、日歩一〇銭の一律認定に無理があることは明らかである。

したがって、右出入金伝票及び借入金台帳に基づいて大和建材の上告人からの借入についての借入日、借入金額、支払日、借入利率等の基礎事実を正確に認定することは不可能である。

(2) 「手形記入帳」は、大和建材の帳簿組織内の補助簿として設定・記帳されたものではなく、米山寿太郎が個人的に「備忘録として手帳に」記入したものにすぎないから、その記入内容が大和建材の帳簿組織あるいは第三者によって検証される機会はなかった。また、その記載状態についても、記載方法及び略称が極めて恣意的であるとともに、訂正及び追加記入が随所に見られるから、第三者がその記載内容を正確に読みとることは著しく困難であり、他方、改ざんされている虞も否定できない。

作成者の信用性の面から見ても、右手形記入帳の記載内容は信用性に乏しい。即ち、一審で取調済みの甲第二四号証(準備書面)によれば、作成者米山寿太郎は、上告人から提起された約束手形金請求訴訟(新潟地方裁判所六日町支部昭和五二年(手ハ)第一二号事件)において、上告人に支払った利息のうち利息制限法の制限超過部分の不当利得返還請求権でもって上告人請求の約束手形金支払債務と相殺する旨の主張をしている事実が認められる。だから、米山寿太郎は、右準備書面添付の超過利息の内訳表そしてその裏付けとなるはずの「手形記入帳」に、上告人に支払った利息金額が多額になるように借入回数、借入金額、借入利率を水増しして記入作成することに利益を感じる立場にいたのである。それにもかかわらず、原判決は、不当にも「手形記入帳」に大きな証拠力を認めたのである。

なお、原判決は、「手形記入帳」と右甲第二四号証との間に食い違いが存在することを認めているものの、両者の関係について、次のように判示した。

「なお、成立に争いのない甲第二四号証中に、大和建材が原告から昭和四九年ないし昭和五一年の間に割引を受けた手形を記載した表があり、証人米山寿太郎の証言(第一回)によれば、右表は米山が前掲乙第一ないし同第六号証を基に作成したものであることが認められるが、その記載内容には右乙号各証の記載と符号しない部分が散見され、米山自身も書き写す際に誤記のあったことを否定しない。してみると、右乙号各証を証拠として採用する場合、それより内容の正確性が劣る右表を証拠に用いる必要性がないことになるので、所得の推計上右表は用いないこととする。」(原判決の引用した一審判決三三丁)

しかし、甲第二四号証の表は、「手形記入帳」を基に、「手形記入帳」を自ら作成したのでその記載内容を最も正確に読取しうるはずの米山寿太郎が作成したものであること、その作成目的は自ら被告になっている訴訟の準備書面に使用することにあったから慎重かつ入念に作成したと推測されることを考慮すれば、甲第二四号証の表の内容は正確なはずであり、この表と「手形記入帳」の記載内容が食い違うということは、「手形記入帳」の記載内容がもともといい加減であったことの証左である。

以上のように、原判決が、大和建材の正規の帳簿である出入金伝票及び借入金台帳の記載内容とは異なる上告人との借入取引内容を、米山寿太郎の備忘録としての手帳にすぎない「手形記入帳」を基に認定し、しかも、その一部については、その手帳にも記載すらないものを含めて認定した過程には、著しい経験則違反及び採証法則違反、ひいては所得税法一五六条の解釈適用の誤りがある。

第二点 (利息制限法による制限を超過する受取利子割引料)

一 原判決は、貸金業の事業所得の金額の計算における収入金額について、次のように認定した。

<1> 上告人が大津建設から受領した昭和四七年分ないし昭和四九年分の受取利子割引料は、別表K-Ⅱの一記載のとおりとなる(原判決の引用した一審判決三一丁)。

<2> 上告人が米山寿太郎及び大和建材から受領した昭和四七年分ないし昭和五一年分の受取利子割引料は、別表K-Ⅱの二及び三記載のとおりとなる(原判決の引用した一審判決三四丁)。

<3> 上告人が昭和五二年中に受領した受取利子割引料は、大和建材から受領したものは別表K-Ⅱの四記載のとおりとなり(原判決の引用した一審判決五六丁)、池田組から受領したものは別表K-Ⅱの五記載のとおりとなる(原判決の引用した一審判決五八丁)。

しかし、右認定には、所得税法三六条一項の解釈適用の誤り及び審理不尽の違法がある。

二 右受取利子割引料につき原判決が認定した貸付利率は全て日歩一〇銭以上であるから、右受取利子割引料の中に利息制限法所定の制限利率を超過する部分が含まれていることは明らかである。

ところで、手形の売買としての手形割引料については、利息制限法の適用がないとする学説及び判例が見られるが、原判決は上告人の貸付方法について、上告人は「昭和四二年頃から大和建材に対し、昭和四五年頃から大津建設に対し、…昭和五二年頃から池田組に対し、それぞれ主として手形割引の方法により経営貸金等の貸付を行っていた」と、即ち、手形貸付と認定した(原判決の引用した一審判決二六丁)。したがって、上告人の大和建材等に対する貸付については、利息制限法の適用がある。

なお、仮に原判決が右認定において利息制限法の適用の有無まで意識して上告人の貸付方法を判断したものでないとすれば、これは審理不尽の違法にあたる。

次に、貸付による受取利息のうち利息制限法の制限超過部分が所得税法三六条一項にいう「その年において収入すべき金額」に該当するかという点について、同内容の規定たる旧所得税法一〇条一項についてではあるが、制限超過の利息・遅延損害金は、たとえ約定の履行期が到来してもなお未収であるかぎり「収入すべき金額」に該当しない、したがって、約定の履行期の属する年度内にその支払がない場合は、約定の利息・遅延損害金のうち法定の制限内の部分のみが課税の対象となるべき所得にあたり、制限超過の部分はこれにあたらないとする最高裁判所の判例がある(最高裁判所昭和四三年(行ツ)第二五号、昭和四六年一一月九日判決、判例時報六四九号一一頁)。

ところが、原判決の前記一の認定は、受取利子割引料のうち利息制限法による制限超過部分が「その年において収入すべき金額」に該当するかという点について、次のとおり、右最高裁判所の判例に違反しているのである。

(1) 大津建設からの受取利子割引料について

別表K-Ⅱの一の順号二〇ないし二三の四件の貸付の受取利子割引料は、昭和四八年分合計七一万八二〇〇円、昭和四九年分合計一九万九八〇〇円であり、原判決は、これを該当年度の収入金額に算入しているが、右受取利子割引料のうち制限超過部分がどの年度に現実に収受されたかを認定していない(なお、この点、審理不尽の違法となる虞がある)。

ところで、甲第二号証、同第三号証、同第四号証、乙第三六号証の一等一審で取調べ済の証拠によれば、右四件の貸付において上告人に差し入れられた四通の約束手形(額面合計七〇〇万円)は、いずれも満期に決済されないまま、ユンボの代物弁済で一二〇万円ないし二五〇万円の内入れ弁済がなされたものの、残債権は新潟地方裁判所長岡支部昭和五一年(ワ)第一四号事件内で和解の対象となり、上告人は昭和五三年七月一二日に二〇〇万円の支払を受ける代わりにその余の部分は放棄したことが認められる。利息制限法第二条によれば、貸付の際債務者が制限超過利息を前払しても制限超過部分の利息の支払とならず、また、最高裁判所昭和三九年一一月一八日判決(民集一八巻九号一八六八頁)によれば、債務者が制限超過部分の利息に向けて支払う旨充当の指定をして任意に支払った場合にも、制限超過部分は残存元本に充当される。そうすると、右四件の貸付の受取利子割引料は結局は現実に収受されなかったことになる。

したがって、右四件の貸付の受取利子割引料の昭和四八年分合計七一万八二〇〇円のうち制限超過部分は昭和四八分の収入金額に該当せず、同昭和四九年分合計一九万九八〇〇円のうち制限超過部分は昭和四九年分の収入金額に該当しないことになる。

(2) 大和建材からの受取利子割引料について

別表K-Ⅱの4の順号七及び八並びに順号一二及び一三の四件の貸付の受取利子割引料は、合計八五万九四〇〇円であり、原判決は、これを全額昭和五二年度の収入金額に算入しているが、右受取利子割引料のうち制限超過部分が昭和五二年度に現実に収受された事実を認定していない(なお、この点、審理不尽の違法となる虞がある)。

ところで、甲第五号証、同第七号証、同第九号証等一審で取調べ済の証拠によれば、右四件の貸付において上告人に差し入れられた四通の約束手形(額面合計七四〇万円)は、いずれも満期に決済されないまま、その約束手形債権は他の約束手形債権(額面合計九〇〇万円)とともに新潟地方裁判所帳同支部昭和五三年(ワ)第一号事件内で和解の対象となり、上告人は昭和五五年三月一四日に五五〇万円の支払を受ける代わりにその余の部分は放棄したことが認められる。そうすると、前記制限超過利息の充当の法理により右四件の貸付の受取利子割引料は結局は現実に収受されなかったことになる。

したがって、右四件の貸付の受取利子割引料の昭和五二年分合計八五万九四〇〇円のうち制限超過部分は昭和五二年分の収入金額に該当しないことになる。

(3) 二年度にまたがる貸付の受取利子割引料について

原判決は、別表K-Ⅱの一の順号一二の貸付の受取利子割引料二一万六五〇〇円について、貸付期間が昭和四七年一〇月二七日から昭和四八年二月八日までであるので日割計算して、そのうち一三万六〇八五円を昭和四七年分の収入金額とし、残額の八万〇四一四円を昭和四八年分の収入金額に算入しているが、右受取利子割引料のうち制限超過部分がどの年度に現実に収受されたかを認定していない(なお、この点、審理不尽の違法となる虞がある)。仮に手形期日に差入手形が決済されたとしても、制限超過部分が現実に支払れたことになるのは前記制限超過利息の充当の法理によって、昭和四八年度になるから、原判決が昭和四七年分の収入金額に算入した一三万六〇八五円のうち制限超過部分は、昭和四七年の収入金額に該当しないものであり、原判決は、この点において、所得税法三六条一項の適用を誤っている。

ところで、このように二年度にまたがる貸付は、原判決が認定した別表K-Ⅱ全体中に約一〇六件含まれているから、制限超過部分を正しい収入計上時期に直して再計算すると、原判決が認定した各年の貸金業の事業所得金額が大幅に変更されねばならなくなることは明らかである。

第三点 (貸倒れ)

一 上告人は貸金業の必要経費に算入されるべき貸倒損失として、大和建材に対して手形小切手の割引の方法によって貸付けた貸金債権合計一〇五二万九〇〇〇円の貸倒れを主張している。

また、上告人は、大和建材に売却した砂利砕石プラントの売却代金のうち一七〇〇万円が未回収であり、かつ回収不能であると主張したところ、原判決は、「昭和四八年分の砂利砕石プラントの売却にかかる上告人の所持する約束手形合計一七〇〇万円の趣旨につき、上告人において、右約束手形に見合う新たな貸付を行っていたと認められる余地があるが、仮に上告人において新たな貸付を行っていたとすると、貸付債権は上告人の事業所得に係るものだから、貸倒れが生じた場合には事業所得の計算上必要経費となると判示した(原判決の引用した一審判決四二丁)。

そこで、大和建材に対するこれらの債権について、所得税法五一条二項(貸倒損失の必要経費算入)の適用の有無が問題となるが、原判決は、貸倒れの一般的認定基準について、「債務者の資産状態、支払能力等により当該債権の回収が不能であると確定的に判定される場合には」、所得税法五一条二項の「貸倒れ」があったものと判示した(原判決の引用した一審判決三八丁)。

更に、原判決は、上告人の大和建材に対する貸金債権等の貸倒れ時期について、「大和建材は、昭和五二年中はまだ経営が継続されており同会社の債務の支払が不能になっていたということはできず、支払不能が確定的になったのは早くても昭和五三年初め頃というべきである」から、前記貸付債権の貸倒損失は、昭和五二年分の必要経費に該当しないと認定判断した(原判決の引用した一審判決四三丁、二4(一)(1)ウ(エ))。

しかし、右認定は、所得税法五一条二項の解釈適用を誤るとともに著しい経験則違反及び採証法則違反の違法がある。

二 上告人が昭和五二年度の課税所得の計算において所得税法六四条二項の適用を主張したのに対し、原判決は、「原告は、大和建材の鉄建工機に対するインパクトブレーカーの売買代金債務につき連帯保証し、これについて鉄建工機に対し五七五万円を保証債務の履行として支払ったものであるが、原告本人尋問の結果によれば、原告は右金員を調達するため右一で認定した不動産を譲渡したものであることが認められる。…しかし、大和建材に対する債権は、前記二4(一)(1)ウ(エ)で認定のとおり昭和五三年初め頃に回収不能になったものであるから、右求償権は昭和五二年中に行使できない状態になっていたということはできない。してみると、原告の昭和五二年分の所得計算において右規定は適用される余地がない。」と認定判示した(原判決の引用した一審判決五八丁)。

しかし、右認定は、所得税法六四条二項の解釈適用を誤るとともに著しい経験則違反、審理不尽、理由不備の違反がある。

三 前記一及び二の問題は、いずれも大和建材に対する債権の貸倒れに関するものであるとともに、原判決も同一の理由で上告人の主張をしりぞけているので、以下併せて原判決の認定の違法たる理由を述べる。

所得税法五一条二項の「貸倒れ」及び同法六四条二項の「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」とは、いずれも、法律上貸金債権(求償権)が消滅した場合又は法律上貸金債権(求償権)に存在するが債務者(主債務者)について破産若しくは和議手続の開始、債務超過状態の継続、金融機関や大口債権者の非協力のため事業再建の見通しがないこと、その他これに準ずる事情が生じたことにより回収の見込みがなくなった場合をいうものと解すべきである。

会計学上の通説によれば、債権についてその回収が不能となる虞が発生したときは、直ちに回収不能金額を算定し、回収不能金額を貸倒れとして処理するべきものとされる。また、商法においても、株式会社についてであるが、「金銭債権ニ付取立不能ノ虞アルトキハ取立ツルコト能ハザル見込額ヲ控除スルコトヲ要ス」とされている(商法第二八五条の四第二項)。

いずれも回収が不能となる虞が発生した段階で直ちに貸倒損失の計上を命じている。これに対し、所得税の場合においては、国家財政及び課税の公平の要請から、貸倒れの認定基準は、会計学上及び商法上の右規定よりも厳格な方向へ制約が加わることを否定できない。しかし、所得税の場合における収入金額の計上時期は、原則として収入にかかる権利確定の時であり、収入にかかる売掛金等が現実に回収された時ではない。他方、その収入による所得に対する所得税の納付は、原則として翌年三月までであるから、売掛金等の回収されていない所得は、現実の租税力を伴っていない。そのため、長期間に渡って売掛金等の回収ができない場合においては、納税者の所得税負担の苦痛は著しいものとなる。したがって、債権回収の見込みがなくなったにもかかわらず、「当該債権の回収が不能であると確定的に判定される」時期まで貸倒れの認定を遅らせることは、担税力を伴わない形式的な所得に長期間租税負担を強いる結果となるから、所得税法五一条二項の解釈を誤っている。

また、原判決は、明言していないが、所得税法五一条二項及び同法六四条二項の解釈適用について、債権が法律上消滅していない場合においては、債権の一部貸倒れを認めない趣旨と読める。しかし、債権の回収不能による担税力の減少という点では、全額の回収不能も一部の回収不能も質的に差異はないので、区別すべき理由はない。特に、所得税法六四条二項においては、「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」と規定しているので、一部回収不能が生じた場合において、その一部回収不能額について所得税法六四条二項の適用を認める趣旨であることが条文の規定上明らかである。

なお、所得税法の通達は、債権償却特別勘定を設定することにより、債権の一部貸倒れによる損失の必要経費算入を事実上認めている(基本通達五一-一八ないし五一-二五)。しかし、この制度が設けられたのは、所得税法五一条二項の貸倒れの認定についての税務官庁の運用及び裁判所の解釈適用が厳格すぎて、企業の貸倒れの実態に即応していない難を救済するためであった。しかし、貸倒損失の必要経費算入の問題は、所得税法五一条二項の貸倒れの認定基準を経済の実情に合わせた弾力的な解釈適用によって解決されるべきことであり、債権償却特別勘定という事実上所得税法五一条二項に代わる制度を通達でもって創設してこの問題を処理しようというのは、本末転倒であり、ひいては憲法第八四条の租税法律主義の趣旨に反する虞すらある。

ところで、大和建材に対する債権について一部貸倒れの有無を検討すると、原判決認定の諸事実を前提にしても、たとえ債権全額の回収不能は昭和五三年になって発生したと認められるにしても、昭和五二年中に貸金債権及び求償権の一部が回収不能になっていたと認められる余地が十分にある。

よって、原判決の判示した「債務者の資産状態、支払能力等により当該債権の回収が不能であると確定的に判定される場合」という貸倒れの一般的認定基準は過度に厳格すぎて、所得税法五一条二項及び同法六四条二項釈適用を誤るものである。

四 次に、貸倒れ認定基準の適用において、どのような事項を判定資料とするべきかという点について、論じる。

原判決は、「貸付先の大和建材は、昭和五二年中までは経営が継続されており同会社の債務の支払が不能になったということはできず、支払不能が確定的になったのは早くとも昭和五三年初め頃というべきである」と認定した根拠として、次の事実を示した(原判決の引用した一審判決四三丁)。

<1> 大和建材は昭和四五年頃から経営状態が悪く、昭和四七、八年頃から手形不渡りを出するようになったが業務は継続され、佐野生コン及び条栄商事に対する骨材販売代金をもって高額な砂利砕石プラント代金を支払っていたこと

<2> 昭和五二年度の後半には経営が逼迫してきたが手形記入帳には同年度の手形取引について前年度のそれとほぼ同程度の内容のものが記載されていること

<3> 昭和五三年に入ってからも取引先に対し砂利・骨材を納入して経営を続けていたこと

<4> しかし、昭和五三年四月二一日頃には従業員に対する給料の支払が滞り事実上倒産状態であったこと

しかし、上告人の大和建材に対する債権の場合のように、法律上は消滅していない債権が貸倒れたか否かの判定において考慮されるべき事項は、

a 当該債権について、物的、人的担保の有無、担保が付されているときは、その担保価値、担保権実行の難易

b 債務者における当該債権の弁済に対する意欲の有無

c 債務者について、その有する資産の内容・評価額・担保権の目的となっていない資産の内容・評価額

d 債務者の他の債務の内容・金額、特に、租税債権等優先権のある債権の有無・その金額

e 債務者が手形交換所の取引停止処分を受けているか否か

f 債務者に対し、破産・和議等の倒産手続の申立がなされているか否か

g 債務者が営業を続けている場合には、債務者における営業継続の意思の有無、大口債権者・主要な取引先における債務者の再建に対する協力姿勢の有無、最近の営業利益の内容、今後の営業利益の見通し

等である。

ところが、原判決が判定の資料とした事項はわずか前記四点にすぎないから不足していることは明らかである。

しかも、営業が継続しているかぎり、支払不能は生じないかのような判示の仕方は、極めて一面的であって、不当である。販売においては、購入者は、原則として販売者の支払能力に関心を持たず、他方、仕入においても、仕入先は代金引換えならば、納入に応ずるものである。だから、他の債権者にとって債権の回収が不能な場合においても、営業は継続されうる。債務超過に陥りながら営業の継続によって債務を完済できるための条件は、弁済原資となる売上利益が存在し(営業損金が黒字であること)、かつこの状態が長期間にわたって継続することである。したがって、原判決が、大和建材がいつまで営業を継続していたかを認定するにとどまり、当時の営業損金の状態、その後の営業損金の見通し、大口債権者・主要な取引先における債務者の再建に対する協力姿勢の有無等を判定資料に含めなかったことは、審理不尽及び理由不備の違法にあたる。

また、原判決が示した個々の根拠事実も、当を得たものではない。

(1) 「大和建材は…昭和四七、八年頃から手形不渡りを出すようになった」という点について

所得税法の基本通達五一-一九によれば、債務者が手形交換所の取引停止処分を受けたときは、債権の五〇パーセントまでの金額を債権償却特別勘定に繰り入れることにより、事業所得の計算上必要経費に算入することができる。即ち、税務当局ですら、債務者が取引停止処分を受けた事実を債権の回収不能の重要なメルクマールとみているのである。したがって、「昭和四七、八年頃から手形不渡りを出すようになった」ということから、その後間もなく手形交換所の取引停止処分を受けたこと、更には少なくとも半分程度の債権回収が不能となったことが推認されるのである。

(2) 大和建材が「骨材販売代金をもって高額な砂利砕石プラント代金を支払っていたこと」について

原判決は、他方で、上告人の大和建材に売却した砂利砕石プラントの売却代金のうち一七〇〇万円が未回収であるとの主張に対し、上告人において、昭和四八年分の砂利砕石プラントの売却にかかる上告人の所持する約束手形合計一七〇〇万円に見合う新たな貸付を行っていたと認められる余地があるとする。そうすると、法律上は大和建材は砂利砕石プラント代金を弁済したことになるとしても、実質的には砂利砕石プラント代金支払の資金が不足していることになり、さらには、これから砂利砕石プラントの購入は大和建材の資金繰り悪化の一因となったことすら推測されるのである。しかも、一審で取調べ済みの甲第一二号証によれば、砂利砕石プラント代金の支払は昭和五〇年一〇月頃までに終了していることが認められるから、大和建材が「骨材販売代金をもって高額な砂利砕石プラント代金を支払っていたこと」つまり約二年前の事実を根拠に大和建材の支払不能の時期が昭和五二年の後半かあるいは昭和五三年の初め頃かを判断することはできないはずである。

(3) 大和建材の「手形記入帳には同年度の手形取引について前年度のそれとほぼ同程度の内容のものが記載されていること」について

この事実がどうして大和建材に対する債権の回収不能時期を認定する根拠となるか理解困難である。本件では、大和建材の倒産時期が昭和五二年の後半かあるいは昭和五三年の初め頃かが問題になっているのであるから、昭和五三年の手形記入帳の記載と比較することも必要なはずであり、また個々の手形取引の内容も吟味する必要があるはずである。

更に、甲第七号証、同第八号証等の一審で取調べ済みの証拠によれば、昭和五二年七月に上告人は大和建材等に対して手形訴訟を提起し、これに対する答弁書において振出人の小杉信治は債務の不存在を主張していることが認められ、大和建材等において上告人に対する債務の支払意思がないことが推認されるにもかかわらず、原判決は、右事実を全く考慮していない。

よって、原判決の大和建材に対する債権の貸倒れ時期を認定した過程は、著しく経験則に反するとともに、認定の資料とした事実が不足しかつ推論の理由が十分に判示されていないから審理不尽及び理由不備にあたる。

第四点 (パワーシャベル賃貸料にかかる必要経費)

一 原判決は、昭和五〇年分及び昭和五一年分の雑所得金額の計算において、パワーシャベル賃貸料を昭和五〇年については一七五万円、昭和五一年については一二五万円それぞれ収入金額に算入しているが、右賃貸料収入に対応する必要経費は全く計上していない(原判決の引用した一審判決の別表D三、D四)。

しかし、右認定には所得税法三五条二項の適用の誤り、著しい経験則違反、審理不尽及び釈明義務の不行使の違法がある。

二 雑所得の金額は、その年中の雑所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額である(所得税法三五条二項)。

ところで、賃貸の目的となったパワーシャベルが上告人の所有である場合には、当該パワーシャベルの減価償却費、固定資産税、取得代金の借入利息等の費用が生じ、上告人が当該パワーシャベルを賃借していた場合には、賃借料等の費用が生じているのが通常である。

そして、右諸費用が生じている場合には、右諸費用は、上告人がパワーシャベル賃貸料収入を得るため直接要したものであるから、必要経費に該当する。

したがって、原判決がパワーシャベル賃貸料を収入金額に算入しておきながら、他方、右賃貸料収入に対応して当然生じていると経験則上予想される減価償却費等の諸費用を無視してパワーシャベル賃貸料にかかる必要経費無しと認定したのは、著しい経験則違反ひいては所得税法三五条二項の適用を誤るものである。また、パワーシャベル賃貸料収入について前記諸費用の存在が経験則上予想されるにもかかわらず、原判決が何らの理由も付さずにパワーシャベル賃貸料にかかる必要経費無しと判示したのは、理由不備にあたる。

なお、上告人は、一、二審においてパワーシャベル賃貸料にかかる必要経費に該当することとなる前記諸費用の主張はしていないが、被上告人主張の昭和五〇年分及び昭和五一年分の雑所得全体の各必要経費合計額を否認している。所得の存在及びその金額は被上告人が立証責任を負うべきものであるから、パワーシャベル賃貸料にかかる必要経費不存在について被上告人による立証が何もなされないにもかかわらず、原判決がパワーシャベル賃貸料にかかる必要経費無しと判示したのは、審理不尽の違法にあたる。

仮にパワーシャベル賃貸料にかかる必要経費の主張立証責任は上告人にあるとしても、税務署長を相手方とし、上告人には税理士を補佐人にすることが許可されなかった本件訴訟においては、公平の観点から裁判所において上告人に対しパワーシャベル賃貸料にかかる必要経費の主張立証を促すよう釈明権を行使すべき義務があったのであり、原判決には釈明義務を尽くさなかった違法がある。

以上のように、原判決には、右四点にわたる所得税法の解釈適用の誤り、審理不尽、理由不備、著しい経験則違反、釈明義務の不履行の違法があり、一点単独であるいは二点併せて判決の主文に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されなければならない。

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